たとえば、ドン・ウィリアムスという友人がいる。若い頃、アラスカの原野の暮らしに入り、やがてエスキモーの女性と結婚し、今はアンブラーという北極圏の村に家族と共に住んでいる。ドンのまわりを、同じような暮らしに憧れてやってくる、多くの若者が通り過ぎていった。彼らの大半は、ある年数がたてば、その経験に満足するか挫折して、また南へ帰ってゆく。アラスカという土地は、来る者を拒まないかわりに、自然がその代償を求めてゆく。ドンには、彼らのようにもう帰る場所がなかった。この土地で生きてゆくことを決めたのだ。さまざまなしがらみに捕らわれながらも、そこに生きてゆこうとするドンに、僕は何か魅かれていた。

星野道夫『イニュニック[生命]』(新潮社、1993年)

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