「昭和25年に大観賞が創設され、彫刻部では一人私がこれを受賞した。出品者懇親会の席上、大観賞受賞者の挨拶ということになった。喋ることの苦手な私は、有難うございましたと言って坐ってしまった。そんな簡単では駄目だ。もう少し喋ろうと向側から大声でいった人がある。すると上座の大観先生が静かに手を上げ、あなたは喋らなくともよい。喋りたい人はその辺にいくらでも居るからそれにまかせて、あなたは作品にものを言わせればよい。大観先生の一言で私は救われた。宴もたけなわな頃、大観先生が立ち上がると歩を進め私の前に正座して、お目出度うと言って酌をしてくださったのである。じっと私を見つめる大観先生の慈父のような深い優しさに満ちている。私は感激のあまり手が震え、折角注いでいただいた盃の酒をみな、大観先生の袴の裾にこぼしてしまった。」

「千野茂年譜」(p55)『千野茂彫刻展』(1989年、新潟市美術館)展覧会図録所収

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