「出雲崎は、柏崎からさらに新潟よりの鉄道もない、佐渡に一番近い所にある孤村である。バスの便も悪いこんな最果ての村になぜ行きたくなったのか、まだ越後路はほかに行きたい所がいっぱいあったが、なぜかこの村に行ってみたくてしかたがなかった」
見そめ相そめ ついなれそめて
今は思いの ソリャ種となる
来ては唐紙 なでてはもどる
いとど思いの ソリャ増鏡
かわいがらんせ つとめのうちは
末に女房 ソリャわが妻よ
おそれうれしや 侍すじよ
弓を片手に ソリャ矢を腰に
色を染めだす 酒田の小屋で
新潟小もめや ソリャ花千鳥
咲いてくやしや 千本桜
鳥もかよわん ソリャ山中に
すずり引きよせ 文かきつばた
いつかあやめに ソリャ百合の花
歴史というものは、すでに去ってしまったものを明らかにしようとする行為であるが、いろいろと縦横に論説して、とかく虚像を作り上げてしまう恐れがあるものだ。それはそれとして、大変有意義なことではあっても、そのような行為は、やはり私には、一抹の淋しさ、空しさがぬぐいきれない。
なぜであろう…。
だからここで瞽女の歴史など書こうとは毛頭思わなかった。書いても、それがどれだけ人間の生きるすべての生活の上にプラスになって芽ばえ広がって行くであろうか。やはり観念の遊戯にほかならないのではなかろうか。
私は、観念の遊戯を否定する。真の芸術のすべてには、観念的なものは許されないからである。すなわち、観念には魂も心も存在しないからである。
だから瞽女というものを解明するのではなく、瞽女の声の中に自分を投げ入れるよりほか方法がないと思った。実は私自身も貴方自身も瞽女になることかも知れない。すなわち瞽女を外から嗜好的に眺めて、一たい何んになるのだ。そんなものは、名画、例えばモナリザの前に立ったか弱き鑑賞者にすぎない。鑑賞者は近代文明の生んだ魂の不具者だ。批評する……それも一つの嗜好的遊戯である。
それより事実のモンナリーザ・ジオコンダを自分で描くよりほかないと、私は瞽女さんたちや村びとたちから学んだものがこの書である。
モナリザは不気味なえみを浮かべて笑っている。瞽女さんたちも笑っているのだ。
斎藤真一「はじめに」p2〜3『瞽女=盲目の旅芸人』(1972年、日本放送出版協会)所収
私は、この一文を瞽女の学術書、歴史書、並びに研究書といったものにしたくないと思った。言わば、私が何かを話したい、語りたい、それを伝えたいと言う気持から、出来るかぎり文献にたよらず、私が見、私が知り、私が歩いて、そこから得た経験から、その感動を出来るかぎり事実に即して、一部始終とどめて置きたかった。
斎藤真一「はじめに」p2『瞽女=盲目の旅芸人』(1972年、日本放送出版協会)所収
「ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射されたものとみられます。建物の中、又は地下に避難して下さい。」
出勤途中に鳴り響くJアラート。携帯と町内のスピーカーから避難誘導の放送が鳴り響くも、私には逃げ場所がなかった。サイレンもそうだが、AIが淡々と事実を伝えるような音声があまりに不気味で怖かった。地下鉄が通っているような土地柄でもないので、こういうときに丸腰で落下しないことを祈るしかないのは無力だと感じる。迎撃できないのであれば、抑止力ってなんなんだろう。撃ち返すにしても、最初に一発撃ち込んだほうが勝ち。いくら報復しようとしたところで、最初に被害を受けたら意味がないしやりたい放題。殺人事件のニュースを見掛ける度に感じることと共通しているが、殺したもんがちな世の中なんだなって。道徳とか倫理とか、そんなお勉強をしたって、ルールを無視した人が暴れて殺せば全てが無に帰す。みんな捕まりたくないし、社会的な規範を意識して生活しているから法を守るけど、そんな秩序ってどこまで保つことができるんだろうとか考えていた。もうすでに破綻して、崩壊しているのかもしれないが…
不眠症が改善されず、2日間の合計睡眠時間が5時間くらいの状態で動き回っていたら、さすがに偏頭痛がしてふらついてきたので今日は早めに眠る予定。眠れない原因、ストレスの要因は特にないはずだが、生きてるだけでうっすら鬱¥態のネガティブな私は、無意識のうちにストレスを感じているのかもしれない
今日の収穫は年末調整の書類を整理して申請まで漕ぎつけたこと。配偶者がいない、子供がいない、持ち家がないと手続きが簡素で提出物が少ないはずなのに、億劫になって後回しにしていると、取りまとめの締切が迫ってきたりして超焦る。それから、19時に退勤して余裕があったので、仕事帰りに100均に立ち寄りました
早寝をしようと意気込んでいたはずなのに、結局1時頃に就寝。Creepy Nutsと佐久間宣行のオールナイトニッポンを聴きながら、家事をしていたらあっという間に日付が回っていた。しかし、IHコンロのしつこい油汚れやレンジ上に降り積もった埃を取り除いたのでスッキリ。こうして、少しずつ倒した敵を数えていくうちに、片付けや清掃が習慣化しないかな
写真は久々に食べたサラダ。食生活に偏りがありすぎて体の調子がすこぶる悪いため、リハビリのために購入
一睡もせずに仕事へ向かったが、有難いことに次から次へとやることが舞い込んできて、ウトウトする間もなく1日が終わった。雨風が強まってきたので、19時頃には仕事にケリをつけて退勤。帰宅後に家事をこなして、余裕があったので近所へウォーキング
今日は、4回目のワクチン接種のために出勤日を変更したり、複数ある銀行印候補の印鑑を全種発掘したり、永らく不明だったクレカの暗証番号を再発行するなどして、休み以上に有意義な1日だった。特にクレカの番号が分かったことにより、出先でクレカ払いを選択できるようになったのは前進。とは言え、収支の管理ができないうちは、シビアに現金至上主義でいるつもり。ただ、選択肢が増えたことはいいことなので、この調子で魔のパスワード地獄から抜け出したい(自分のルーズさのせい)
眠りに就く前、何故か脳裏にオットー・ワーグナーの名がよぎって気になり、最近どこで見聞きしたのだろうと思ったら、ウィーン郵便貯金局の建物の写真を見たからだった。眠気が強くてその場では人名を検索しなかったが、起床してからも記憶に残っていたので調べた次第。
彼はウィーン分離派の中心人物の一人で、「芸術は必要にのみ従う」(Artis sola domina necessitas)と主張し、機能性・合理性を重視する近代建築の理念を表現した建築家である
不眠症になってしまった。元からその気はあったが、改善したとばかり思い込んでいたら気のせいだった。
昨晩、友人と長電話をした際に口論じみた言い合いになり、そのまま不貞寝するはずだったのに気付けば明け方になっていた。「昨日が今日なら休みだったのに…」なんて、言っても仕方がない。友人は私のことを気遣って言ってくれたのだろうが、あまりに図星で認めたくなくて、全て否定で打ち返してしまった。私は言い訳をするのが得意で、口癖は「でも」「だって…」。指摘を受けた内容は、奇しくも元彼から受けていたものと全く同じだった。努力をしないのに愛されたい、寂しいのに心配して寄り添ってくれる人を拒絶するなど、私の問題点は枚挙に暇がなかった。傲慢な人間なんだろう。早く寝るように言われても、「昼過ぎまで寝ていたから眠たくない」と可愛げもなく一蹴し、心配をよそに結局眠れないまま朝を迎えた。
その間、Twitterには触れていなかったが、日頃の言動を省みた結果、落ち着くまではTwitterと距離を置いたほうがいいという結論に至った。私はTwitter中毒者である。身の回りに起きた出来事や自分の感情を綴らずにはいられない。でも、悪意のある人たちの反応を笑って流せるような耐性もなく、相手の思う壺だと分かっていても煽りに反応して膠着状態に陥ってしまうのだった。だから、メンタルが不安定でうまく使いこなせないうちは、Twitterから離れたほうがいいと思い、つなビィに引きこもることにした。そもそもSNS自体やめたほうがいいのかもしれないが、そんな生活はもう考えられない(記録魔なので)